2005年07月12日

プロレスラー破壊王°エ本真也選手追悼

昨夜は、ショックで白くなり思い浮かばなくなってしまったので、改めて書きます。

橋本真也選手は、ヤングライオンの時から見てましたね。「アントニオ猪木に憧れて」新日本プロレスに入団したのでその当時は黒いショートタイツで試合してました。髪がふさふさだった頃の武藤敬司選手と黒いカリスマに成る前の蝶野正洋選手との闘魂三銃士=A
アントニオ猪木さん、長州力選手、藤波辰爾選手、前田日明兄さんとこのUWF、ハッスルに成る前の小川直也選手との引退掛けた試合で負けて1回引退したり、と様々な死闘を繰り広げてくれました。新日本プロレスでは、上を倒して印籠を渡すという明確な世代交代が出来なかったのが残念でしたね。
そして、武藤選手はスキンヘッドに成り全日本プロレスの社長さんに成り、黒いカリスマに成った蝶野選手は新日本プロレスに残り、新日本プロレスを去った橋本選手は新団体Zero−One≠設立。橋本選手だけなんですよね、新団体を設立したのは。しかしこのZero−One≠熕ヤ字で活動停止に。
橋本選手を最後に観たのは、Zero−One≠ェ活動停止になる前に時々テレビ東京の日曜午後2時くらいからやっていたZero−One≠フ試合を放映していた番組でした。
「肩の手術をしてまたリングに戻ってきます。」と言ってました。
右肩にテ−ピングし捲りで試合をするその姿はジオン軍のMSザクのショルダーアーマーの様でした。「痛々しい破壊王は見たくない!」と番組にゲストで来ていた格闘技好きのタレント勝俣州和さんに言われてました。新日本プロレスのTV放映で昔実況をやっていた古館伊知郎さんがどんな事言うかなと思い「報道ステーション」観たら「彼は殉職です」と言ってましたね。
橋本選手は、観る度に「(頭の)血管切れそう」と思う、気迫の込もった感情まる出しな試合をしてましたね。鼻血もよく出してましたね。
死因は脳幹出血≠ニ言う脳の中の方が出血するもので助かる確立も低いそうです。脳幹出血≠フ主な原因は、高血圧とストレスだそうです。
生前の橋本選手はその生き様が、勝新太郎さんとダブる所が僕にはありました。
御遺族の方々、関係者の方々、ファンの方々、には本当に申し訳ないのですが、今は、こんな亡くなり方も橋本選手らしくていいじゃん。とちょっと、爽やかになってしまうんです。不謹慎で本当に申し訳ありません。
橋本選手は天国に行っても安らかに眠ったりしませんよ、先に逝ったプロレスラー達と闘いますよ。
24日のテレビ朝日「ワールドプロレスリング」で追悼番組を放映。
俳優としての遺作となった韓国映画「力道山」は来春公開らしいですよ。

合掌。

今活動しているプロレスラー、格闘家の方々は、体に本当×∞に気をつけて下さい。





posted by yossy at 23:59| Comment(2) | TrackBack(1) | 格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TBありがとうござます。
やっと橋本選手が死んだ事でテンションが低かったですが落ち着いてきました。
Posted by 芸能&スポーツ瓦版) at 2005年07月21日 12:30
>芸能&スポーツ瓦版さん
コメントありがとうございます。
落ち着かれて何よりです。
Posted by yossy at 2005年07月26日 04:20
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/5041875
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック

10
Excerpt: 橋本真也急逝直後の「ハッスル10」 毎度PPV観戦しているものの、今回だけは見逃してはならない。 いかんせんファイティングオペラである。 主要人物の「死」というものを、どう扱うのか? 普通..
Weblog: Tスポ記者日記「笑顔の醜いキミだから」
Tracked: 2005-07-14 06:23

2005年07月12日

プロレスラー破壊王°エ本真也選手追悼

昨夜は、ショックで白くなり思い浮かばなくなってしまったので、改めて書きます。

橋本真也選手は、ヤングライオンの時から見てましたね。「アントニオ猪木に憧れて」新日本プロレスに入団したのでその当時は黒いショートタイツで試合してました。髪がふさふさだった頃の武藤敬司選手と黒いカリスマに成る前の蝶野正洋選手との闘魂三銃士=A
アントニオ猪木さん、長州力選手、藤波辰爾選手、前田日明兄さんとこのUWF、ハッスルに成る前の小川直也選手との引退掛けた試合で負けて1回引退したり、と様々な死闘を繰り広げてくれました。新日本プロレスでは、上を倒して印籠を渡すという明確な世代交代が出来なかったのが残念でしたね。
そして、武藤選手はスキンヘッドに成り全日本プロレスの社長さんに成り、黒いカリスマに成った蝶野選手は新日本プロレスに残り、新日本プロレスを去った橋本選手は新団体Zero−One≠設立。橋本選手だけなんですよね、新団体を設立したのは。しかしこのZero−One≠熕ヤ字で活動停止に。
橋本選手を最後に観たのは、Zero−One≠ェ活動停止になる前に時々テレビ東京の日曜午後2時くらいからやっていたZero−One≠フ試合を放映していた番組でした。
「肩の手術をしてまたリングに戻ってきます。」と言ってました。
右肩にテ−ピングし捲りで試合をするその姿はジオン軍のMSザクのショルダーアーマーの様でした。「痛々しい破壊王は見たくない!」と番組にゲストで来ていた格闘技好きのタレント勝俣州和さんに言われてました。新日本プロレスのTV放映で昔実況をやっていた古館伊知郎さんがどんな事言うかなと思い「報道ステーション」観たら「彼は殉職です」と言ってましたね。
橋本選手は、観る度に「(頭の)血管切れそう」と思う、気迫の込もった感情まる出しな試合をしてましたね。鼻血もよく出してましたね。
死因は脳幹出血≠ニ言う脳の中の方が出血するもので助かる確立も低いそうです。脳幹出血≠フ主な原因は、高血圧とストレスだそうです。
生前の橋本選手はその生き様が、勝新太郎さんとダブる所が僕にはありました。
御遺族の方々、関係者の方々、ファンの方々、には本当に申し訳ないのですが、今は、こんな亡くなり方も橋本選手らしくていいじゃん。とちょっと、爽やかになってしまうんです。不謹慎で本当に申し訳ありません。
橋本選手は天国に行っても安らかに眠ったりしませんよ、先に逝ったプロレスラー達と闘いますよ。
24日のテレビ朝日「ワールドプロレスリング」で追悼番組を放映。
俳優としての遺作となった韓国映画「力道山」は来春公開らしいですよ。

合掌。

今活動しているプロレスラー、格闘家の方々は、体に本当×∞に気をつけて下さい。





posted by yossy at 23:59| Comment(2) | TrackBack(1) | 格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TBありがとうござます。
やっと橋本選手が死んだ事でテンションが低かったですが落ち着いてきました。
Posted by 芸能&スポーツ瓦版) at 2005年07月21日 12:30
>芸能&スポーツ瓦版さん
コメントありがとうございます。
落ち着かれて何よりです。
Posted by yossy at 2005年07月26日 04:20
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/5041875
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック

10
Excerpt: 橋本真也急逝直後の「ハッスル10」 毎度PPV観戦しているものの、今回だけは見逃してはならない。 いかんせんファイティングオペラである。 主要人物の「死」というものを、どう扱うのか? 普通..
Weblog: Tスポ記者日記「笑顔の醜いキミだから」
Tracked: 2005-07-14 06:23
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。